ちゅん、ちゅん・・・ 早朝から真夏の太陽が照り付ける中、シーツを丸め腰にバスタオルを巻いた女が庭に出てきた。 彼女はそのシーツを、背伸びをするようにして物干し竿にかけた。背伸びをすると尻が突き出され、薄いバスタオル越しになまめかしいヒップラインが現れた。 そして物干し竿に広げたシーツには大きな地図が描かれていた。 シーツをかけると、「ふーっ」と女は大きなため息をついた。 そのことの発端は、婦警時代、交通取り締まりをしている夢だった。 交通違反の車が延々と続いていた。 一つひとつ、切符を切るが、埒があかない。そうこうしているうちに尿意を催した彼女は、車の陰でこっそり放尿をする。 何故か放尿をしようとすると車が動き出し、なかなか身を隠せない。 パンツを下したかと思うと車が動くの、また履いて次の車の蔭へ。 しかし、その車も動き出し、同じことの繰り返し・・・。 「そうだこのまましちゃお!」 そう思いしゃがみこんで服を着たまま放尿・・・ 生暖かいものが股間とお尻に広がる・・・・ そして、その生暖かさで目が覚め、慌ててタオルケットを取ると、短パン越しに黄色い尿がどんどん溢れていた。 三十路前の女が汚い寝小便をしてしまっていた。 ずぶ濡れになったパンツを脱ぎ、陰毛越しにクレパスに沿って尿をふきとり、バスタオルを腰に巻いた。 シーツをもって外にでるとすっかり日が昇っていた。 「涼子、まだ治らんのか?」 縁側から老いた女性の声が聞こえた。 「おばあちゃん!」村下涼子は一瞬びくっとしたが、祖母の声だと気づき照れ笑いを浮かべた。 「うん、もう来年30歳なのに、毎月2回くらいはしちゃうの・・・」 いつもの涼子らしくなく、しをらしく答えた。 「おまんの、おねしょ癖も我が村下の里の伝説と関わりがあんのかもなぁ。」 祖母は濡れたシーツを見ながらしみじみ答えた。 「伝説って、そんなの迷信でしょ。だって、お母さんも、おばあちゃんもおねしょ癖なかったでしょ?」 「ワシも、由起子もおねしょ癖はなかった。お前には話しておかんとな・・・東京の由起子は何も話しておらんのやろ?」 「うん、おかん・・・いやお母さんは何も・・・」 「それじゃせっかくの機会じゃ話しておくかの・・・」 そう言って祖母は縁側に腰かけゆっくりと話し始めた。 「あれは戦国時代の末期やったかの、京の都にもほど近い村下の里は刀鍛冶で有名でな。公にはなっとらんけど、“村”の付く刀はほぼワシらのご先祖様の作品じゃ。」 「そんな中で、不思議な刀を打つ名工がいてな、名前は伝わっとらんのじゃが、その者が作る刀が不思議でな・・・その刀を見た若いおなごは恐怖で小便をもらすか、何とも言えない淫猥な感情を抱いて小便をもらすか・・・いずれにしても若いおなごは皆、その刀をみると小便を垂れ流したというんや。」 「そんなの非科学的じゃない?まぁ昔話にはよくあるわね。」 「まぁまぁ話はこれからやさかいにあせらんようにな・・・」 いぶかしげな顔をする涼子をいさめるように話をした。 「その刀は、おなごは小便をちびるだけじゃが、その切れ味が抜群でな、女の小便と男の返り血、どちらも雨が降るように見えての、それで村下の里の妖刀は“村雨”と言われるようになったらしいんや」 「ふーん、それと私の、寝小便・・・おねしょとどういう関係があるん?」 涼子は祖母につられて京都弁になっていた。 「戦国時代も終わり秀吉様が天下をおさめていたころ、家康の裏の軍勢、つまり服部半蔵の一味じゃの、奴らが秀吉様の首を狙って近江からこの村の近くを抜けて迫っているということが、村下の里につたわったんじゃ。村下の里は秀吉様に仕えておったので、半蔵を討とうと討伐隊が組まれたんや。」 「へぇ、結構大変な時代やね」 また涼子はさらに京都のイントネーションがきつくなってきた。 「それからどーなったん?」 「ふむふむ、その中に19、20歳位の美しいくノ一がいてな、甲賀のものやったんやけど、秀吉様に世話になったということで甲賀の一味が村下の里の側についてくれたんじゃ。その中のくノ一やったんやね。」 「でもな、当時の村下の一番の名刀は“村雨”じゃ。そのくノ一は持つたびに小便をちびっていたらしい。しかし、さすがはくノ一や。ひと月もせんうちにその恐怖に打ち勝ち、村雨を使いこなせるようになったらしいんや」 「へー、めっちゃすごいやん。それからどないなったん?」 涼子はすっかり京都弁になっていた。ほとんど京都に住んでいないのに不自然なまでの順応性だった。 「しかしな・・・いくら精神力が強くても、寝ているときはな・・・」 「えっ?」 涼子はハッとして身を乗り出した。その腰を上げた瞬間、バスタオルが少しほどけて尻のワレメがみた。慌ててバスタオルを巻きなおす涼子。 「ふむ。そのくノ一は寝小便に悩まされるようになっての・・・年頃の娘やったからつらかったやろうなぁ。さらに甲賀の棟梁はきびしくてな、寝小便をしたら年頃の娘やけど、丸裸にして半日ほど布団の横に立たせておったらしいんや。色白で美しい娘が村人の前で寝小便した布団と並んでたたさせるんや・・・徐々に村の雰囲気も悪うなったらしいわ。」 「ひどいこと、しやはりますわぁ。ほんでどないならはったん?」 涼子は、はんなりとした京都弁になっていた。 「その姿をみた、村雨を打っていた刀鍛冶が憐れさと、その美しい肉体に惚れてもうて、大事な半蔵討伐の前に、そのくノ一をつれて村を抜け出し、駆け落ちしたらしいわ。」 「いや、あかんやつですやん」 どこで覚えたのか涼子は京女のようなしゃべり方になっていた。 「そうや、あかんやつや。甲賀の棟梁と村下の長はそりゃもう焦ったらしいで、二人が半蔵の方に寝返ったら、えらいこっちゃ。里の場所も、途中の要所も筒抜けになってまう。二人を野探して追い詰めたらしいんや。」 ミーン、ミーン、ミーン〜。 祖母の話が佳境に入るにつれ、太陽も少し高くなり、蝉もせわしなく鳴き出した。 涼子は食い入るように祖母の話を聞いていた。 「ほんで、二人は里山に隠れているところを見つかってな、村のものと甲賀衆に囲まれ、村雨で自害したそうじゃ・・・かわいそうにな・・・なんまんだぶ、なんまんだぶ。」 ごくっ、涼子は生唾を飲んだ。その話を聞いた瞬間、背筋に冷たいものと股間にジワッと生暖かいものが走った。 「二人が、死ぬときな、村人に追い詰められたのに、この村を守ろうとしてな。刀鍛冶はくノ一の体を村雨で貫きながら、『龍神様、我が妖刀村雨と若き女を捧げますゆえ、どうか村下の里をお救いください!』そう言って、くノ一の胸をひとつき、そして自分の喉をかき切ったらしいのじゃ。」 「めっちゃかわいそうやん・・・ほんでふどないなったん?」 「その直後じゃ、急に雨雲が近づき、二人が亡くなった里山に大雨を降らし、その雨は大きな1本の濁流となって、ふもとへ流れって行ったんや。そして、そのふもとにあったんが・・・」 「まさか!」 涼子は目を見開いて、上体を大きく起こした。豊かな胸が揺れた。 祖母は静かにうなづいた。 「そうや、服部半蔵の陣や。それに直撃したらしい。大部分の軍勢を失った半蔵は退却を余儀なくされ、秀吉様急襲は中止されたんや。ほんで秀吉様は天寿を全うされ、豊臣が滅びるのはそのずっと後の大坂夏の陣となったと言い伝えられておる。」 「この村には祟りはなかったの?」 涼子は祖母に聞いた。 「そのくノ一は村下の里とその刀鍛冶を愛しておったらしいからのぉ。祟りらしいものはなかった。しかしや・・・」 「しかし?」 涼子は少しドキドキしながら聞いた。 「しかしな、そのくノ一、死ぬ間際にな・・・『もう一度、生まれてくるなら今度は甲賀のくノ一ではなく、村下の女に生まれてきたい』って言うたとか・・・ほんで、なんの偶然か・・・」 ごっくん、涼子はまた生唾を飲み込んだ。 「なんの偶然かわからんが、そのくノ一の名前、“涼”っていうたらしいねん、“お涼はん”や・・・」 涼子の背中にはぞくぞくっという寒気と胸には何とも言えない暖かさが走った。 そして、涙があふれて止まらなかった。 「そうなんや、お前はその“お涼はん”の生まれ変わりかもしれんな。その運動神経と三十路前にしても治らん寝小便・・・ほんでべっぴんさんなところもな」 そう言って、祖母は笑いながら台所の方へ向かって言った。 そして振り返りながらやさしく言った。 「明日は龍神様の夏祭りや、お涼はんに手ぇでも合わせて来たたら、おまんのお寝小便も四十くらいまでには治るかもわからんで」 涼子は、そういう祖母の後ろ姿にあかんべーをした。 そして夏の風に揺れる濡れたシーツ越しに、里山を眺めた。 「明日は龍神様の夏祭り・・・」 |